書を紙から解放することで、壁を超えることができた。

「 凜とした人 」は、さまざまな分野で活躍する女性に、自身の生き方や価値観、美意識などについてお話を伺うインタビューシリーズ。第1回目は書道の枠を越え、国境さえも越えて活躍する書家の紫舟さんにご登場いただきます。
紫舟さんの名を世界的なものにしたきっかけとなったのが「書の彫刻」と「書のキュビズム」です。書を三次元化するという独自の発想に至るまでの体験と、そこに込められた想いをうかがいました。

―― まずは書との出会いから聞かせてください。

祖父母が伝統文化に造詣が深く、孫全員に日本文化に親しんで欲しいと願っていました。そのため、私も3歳から日本舞踊、6歳からお習字のお稽古を始めました。当時は楽しみや好きという感覚はまったくなく、お家のルールとして通っていました。高校卒業まで続けましたが、当時はそれが自分の表現手段になるという認識もありませんでした。

——実際に書道家としての道を歩み始めた直接のきっかけはなんだったのですか。

勤めていた会社を辞めて、生涯かけて成すべきことがもしあるとすれば見つけたいと願い、自分の内側を見つめていました。内観からちょうど100日目、お腹の奥底に「書家になる」というサインを見つけ、その瞬間、心が平安になる感覚を初めて体験しました。これが私の天職だと分かる瞬間でした。

紫舟前編メイン画像

――書を通じてどんなことをやりたいと思ったのでしょうか。何かイメージはあったのですか。

当時はハリウッド映画の題字を書きたいと思っていました。デザインされたフォントではなく、書の技を使って1本の線に表情や感情をつけて書くことができれば、監督が映画を通して伝えたいメッセージをそこに込めることができ、世界中の人が題字から何かを感じてもらえるはずだ、と。書の表現力を誰よりも信じていたので、当時はそのように考えていました。

そして、いざ書を携えて世界へと出て行ってみると、日本文化としては見てもらえるのですが、当時の私の力ではそれ以上が超えられない。言語の壁が越えられないのです。しかし、例えば音楽だったらリズムやメロディの力も加わり、歌詞の意味が分からなくても理解できることがある。書も、音楽と同じように、何かを加えれば世界に通用するはずだと考えました。それならば1300年以上続く日本の書のスタイルを変えてみよう。そう考えて制作した作品が、書を紙という平面や伝統から解放した立体造形作品です。

——それが「書の彫刻」シリーズですね? 反響はどうでしたか。

作り始める前は世界の入り口すら見えてなかったのですが、やってみると、ようやく世界に手が届くという感触が確かにありました。最終的に、この「書の彫刻」でフランス国民美術協会展*で金賞をいただいたので、そういう意味でもこの感覚は正しかったと思います。

舞いおりる陽光
書の彫刻「舞いおりる陽光」

——「北斎は立体を平面に、紫舟は平面を立体にした」と評されたそうですね。

日本人の私たちは、紙に書かれた書を見た時、そこにあるたくさんの情報を受け取ることができます。例えばそれがひと筆で書かれているとか、どういう書き順で書かれているかとか。一方、ヨーロッパは西洋絵画にみられるように、筆で何度も同じところを塗り重ねる文化。筆の重なりに込められた時間軸こそ意味をなすものだと考える。その価値観からすると、書のようにワンストロークで、さらに一瞬でできるものをアートであるとは理解されなかったのです。私たちの書が、二度書き、三度書きを認めないことと、真逆の常識が西洋絵画の価値観なのです。

日本の書は、ひと筆で多様な線が書けるようになるまで、10年、20年といった日々を費やす。きれいな線を書くことが大切なのではなく、そこにたどり着くための道こそが学びなんだと考える。結果が大事という西洋の文化に対し、私たちの文化が重きを置くのはプロセス。その線が書けるようになるまでに習得できた、高い集中力や精神性にこそ意味がある。それが「道文化」です。日本には、書道以外にも茶道や華道など「道」という字がつくものが多いのはそれが理由です。

紫舟_前編_記事中写真2

そんな違いを乗り越えて書を伝えるためには、筆の動きを立体化することが必要でした。そこで呼吸やリズム、奥行き、そして時間軸までも表現することにこだわりました。「書の彫刻」から発展した「書のキュビズム」では、それをより純化させ、書いた線だけが存在する形で三次元化し、なおかつ、筆が和紙の上で浮き沈みするような筆圧も可視化できるようにして、文化の異なる方にも書が見えてくる作品に仕上げています。

両陛下御覧 書のキュビズム「風薫る想」

—— 書を立体化するというのは、誰も考えつかなかった発想でした。

そうかもしれませんね。まだ誰も行なっていない、見たことがないもの、というのが現代アートの重要な要素のひとつです。その意味でも、本作は文化としての書をアートに昇華させることができたと思っています。また日本の伝統文化が現代アートになることで、これほど容易に国境を超えられるのだということも学びました。

—— 一方で、書と言葉は切っても切れないものだと思うのですが、日本語を理解しない海外の人たちはその点をどう受け取っているのでしょうか。

ヨーロッパの人たちのアートに対する眼力というものは、私たちが想像する以上に高い。世界の超一流のアートが集まっているパリでは、幼稚園の遠足でルーヴル美術館に行って、アート観賞の仕方を幼少から当たり前のように学んでいるわけです。100年の時を経ても価値を持つアートを日常的に愛で、そして自分の力で考えることをしている彼らの眼力と、私たち日本人のアートに対する眼力には超えられないほどの差があることを知りました。初めてパリで金賞をいただいた時、説明を極力排除したいという主催者側の意向で、展示作品のタイトルすらほぼ見えないようにしました。彼らは作品のありのままの状態から鑑賞の旅を始め、鋭い洞察力で作品に込めた奥行きを見通す。そして、日本語の書の彫刻を自分なりに想像し鑑賞の旅を楽しんでいる。それを見た時に、言語の壁は、本当は関係なかったのだと実感しました。立体化というプロセスを経ることで、初めて書によるコミュニケーションが可能になったと感じた瞬間でした。

【後編に続く…】 (2020年4月13日公開予定)

*国民美術協会:Société nationale des beaux-arts, SNBA。150年を超える歴史を持つフランスの美術団体で、ヨーロッパ芸術の登竜門。ルーヴル美術館地下が会場となる。紫舟さんは2014年に金賞(書画)と最高位金賞(彫刻)をW受賞。2015年には世界で1名選出される主賓招待アーティストとして会場のメイン展示を大々的に飾った。

Profile: 紫舟( 書家/アーティスト)

日本の伝統文化である「書」を、絵、彫刻、メディアアートへと昇華させ、文字に内包される感情や理を引き出す。その作品は唯一無二の現代アートであり、日本の思想や文化を世界に発信している。主な作品にNHK大河ドラマ『龍馬伝』、美術番組『美の壺』、伊勢神宮『祝御遷宮』、内閣官房『JAPAN』、ディズニー・ピクサー『喜悲怒嫌怖』、SHISEIDOグローバル展開製品のパッケージ、など。4月11日から16日まで、東京のDAIKANYAMA T-SITE GARDEN GALLERYにて個展。蔦屋書店とコラボしたプレミアムグッズも、同会場で発表される。
http://www.e-sisyu.com/

取材・文:東海林美佳
撮影:福井 馨
ヘア&メイク:重見幸江