エネルギーをすべてひとつに注げば、作品は力を宿す。

前編では紫舟さんの書との出会いから、書道の枠も言語や文化の壁も超えて、ヨーロッパの美術界から高い評価を得るに至るまでの歩みについてお話しいただきました。
後編では、今や海外でも人気を博しているチームラボとのコラボ作品の誕生秘話、そしてパワフルな作品を生むための環境の整え方についてうかがいます。

——チームラボとコラボレーションしたデジタルアートも大きな反響を呼んでいますね。あれはどのようなきっかけがあったのですか?

チームラボ代表の猪子寿之さんとは、お互い活動初期の頃からの友達で、いつも作り手同士として、世界にないものを作りたいね、と話をしていました。当時は若さゆえ時代に敏感でアイデアだけは溢れていた。

そんな中で、ある日私から猪子さんにこんな話をしました。「文字はもともと動くものから生まれた。動いていた動物や景色を、先人が記号化して合理化し、象形文字にして静止させた状態が3000年も続いている。それをテクノロジーの力で解放し、再び人の手によって動き始めたら面白いよね」と。私が書を書き絵も描き、チームラボに渡して形にしたものが、初めてのインタラクティブ・デジタルアート「世界はこんなにもやさしく、うつくしい」でした。同作は、それから数えきれないほど手が加えられ今のスタイルになりました。

当時からの仲間には、猪子さんやライゾマティクスの齋藤精一さん、落合陽一くんがいます。齋藤さんは「世界中が驚くようなアイデアがあるのにお金がないからできないっていうのはつまらないよね」「だったら自分達ができるものを持ち寄って作ろう!」と言ってくれて、その言葉に私は感動しました。確かに、まだ世の中にないものを言葉で説明しても、相手の想像力の中で思い描いてもらうのは難しい。でも一度作っておけば人に見せることができる。展示する場所もないままでしたが、仲間とのコラボはそうやってスタートしました。


—— 「作りたい」を優先させる、まさにクリエイター魂ですね。

そうですね。お互いが、自分の技を持ち寄り補完しあうことができた。そして、日本を私たちの世代によって世界に発信したいという願いが込められていた。私は書と絵、彼らはデジタル。そうやって誕生した作品は、10年間世界に拡がりつづけています。美しい動機でつくられたものは、作品としても長持ちしますね。

書画「喰うカラス喰われるカラス」

—— クリエイティブな発想と思考を生む上で、普段の生活でこだわっていることはありますか?

早寝です。睡眠時間を長くとることより、就寝時間を早くすることが有効でした。以前は睡眠時間を気にしていましたが、遅い時間に寝ると長時間寝ても疲れがとれないのです。起きても寝た気がしない。それで、早寝に変えたところ、視力が回復し、肌質も変わりました。薬を飲むよりも体にいい気がします。一方で、それを実行するために、いろんなことを手放しました。誰かとご飯を食べにいくこともあまりできないし、外食しても時間のかかるコース料理は難しい。仕事も早く切り上げるなど、生活スタイルを大きく変える必要が出てきました。でもそれらを手放したことで仕事やプライベートで困ることもなく、結果として心と体が健康になりました。

——作品を作る時は、普段とは違う生活パターンになるのですか?

東京を離れて、地方のさらに不便なところ、それこそコンビニも自動販売機もないところへ制作道具一式をもって行き、そこにこもって制作合宿という形で作品を作ります。都会は、ひとつのことだけに集中するのが難しいので。そこでは時計を外しパソコンも見ず、携帯も電源オフ。アトリエとの通信も断ちます。食事も集中力があがるよう、お野菜中心にして節制します。そうして、筆先だけに集中するのです。

彫刻「独」

——そういう環境をつくることで、自分の感度みたいなものが高まるのでしょうか。

私たちが発揮できるそもそものエネルギー量はものすごく大きい。でも、普段の生活の中ではそれらの大半を浪費しながら生きているんですね。例えば、私たちが今こうやって話をしている間でも、話だけに集中するのは結構難しいですよね。過去のことを悔やんだり未来を不安視したり、この後の予定のことを考えたりと、意識があちこちに飛んでエネルギーが消耗される。持っているエネルギーの9割ぐらいは無駄にしているかもしれません。でももしそれを一つに注ぐことができれば、その作品は大きな力を宿すと思うんです。それは作品制作だけに言えることではなく、例えば全てのエネルギーを込めて人と接することで、人間関係も変わるでしょう。でも人ってなかなかそれができない。作品制作では、ひとつひとつに、100%のエネルギーを注いでものをつくりたいと思っています。それは都会にいると難しいので、あえて遠くの不便なところに行き全て遮断するわけです。ひとつに集中することは、マルチタスクであれこれを同時進行するよりも、結果的に効率がいいと思います。

——これからやりたいことはありますか?

うーん(少し考える)。今は、文字にしっかりと力が宿った書、その言葉を壁に貼っているだけで、その言葉の恩恵が溢れ出てくるような、そういう書を書くことができる表現者を目指しています。例えば「病が治りますように」と書き、誰かにプレゼントしたとします。その方がそれを家に御守のように飾り、日々見ていると本当にそのように導かれるような、そんな書です。

——言霊(ことだま)、ですね。

そうですね。人の口から出る言葉は強い。例えば一人が悪口を言うと、周りの人もみんな悪口を言いだしたりしますよね。それも負の面の言葉の力です。善の言葉の持つことだまを紙に宿したい。文字の中に、その言葉の魂を宿してあげることができるようになりたいと思っています。

——最後に、紫舟さんにとって書とは?

生きていると、何一つ自由になるものなんてない、ということを知ります。ただ表現の中においてのみ、唯一解放され自由になれる瞬間があります。その、自由を手にいれる手段が、私にとっての書。書は、人が生きていく上で最も厄介な、心というものの存在からも解放してくれます。

人は時として自分の表現手段を手放してしまうことがあります。絵が大好きなのに、人に笑われたからやめた、音楽で生きていく夢を諦めたので二度とやらない…と、大切なものを封印してしまう。もし、ご自身の表現手段を持っているなら手放さないで。一度やめてしまっていたとしても、ぜひ再スタートしてください。上手下手ではなく、人の評価や意見ではなく、ご自身の心の深いところがどう感じているかを大切にしてください。表現手段は人生を生きやすくし、あなたの役に立ってくれるはずです。

Profile: 紫舟( 書家/アーティスト)

日本の伝統文化である「書」を、絵、彫刻、メディアアートへと昇華させ、文字に内包される感情や理を引き出す。その作品は唯一無二の現代アートであり、日本の思想や文化を世界に発信している。主な作品にNHK大河ドラマ『龍馬伝』、美術番組『美の壺』、伊勢神宮『祝御遷宮』、内閣官房『JAPAN』、ディズニー・ピクサー『喜悲怒嫌怖』、SHISEIDOグローバル展開製品のパッケージ、など。4月11日から16日まで、東京のDAIKANYAMA T-SITE GARDEN GALLERYにて個展。蔦屋書店とコラボしたプレミアムグッズも、同会場で発表される。
http://www.e-sisyu.com/

取材・文:東海林美佳
撮影:福井 馨
ヘア&メイク:重見幸江